他人から不当な扱いを受け、自分も仕返しに相手に不当な扱いをすると、そこだけ見た人は私にも原因があると思うか、もっと悪ければ私のほうが悪いと思ってしまう。
ゆえに、不当な扱いを受けようともただただ冷静に返し、周りの人にどちらが善であり、どちらが悪であるのかをしっかりと印象づける。そう、この世は感情的になった者の負けなのです。
などと悟ったような気になって、ふと考えてみれば、世の中、結構、感情的に喚き散らしてる奴が自分の望みを強引に叶えているではないか。
モンスタークレーマーなんか良い例で、これ以上騒がれるとめんどくさいからとりあえず、これあげとこう、あるいは代金タダにしとこう、とか。
でもそうやってみんなに嫌われて疎まれてまで粗品や代金踏み倒しがしたいか、と言われると絶対嫌だ。
嫌だと思ってるうちはあいつらには勝てないのか。
とかなんとか、なぜこんな抽象的な書き方をしているかというと、
まあ、本当は具体的に書きたいことが山ほどあるのだけど、
私はこのブログを始めた時に、「もしこのブログが爆発的に売れたら、広告つけて収入源にするぞ、そうなると、会社に副業として申請せねばならないから、それに備えて会社の人や実際の知り合いに見られてまずいことは書かないぞ」と計画したのである。
で、ブログを始めて1年くらい経ったけれども、まあ、なんですか。
ブログの更新頻度は月に1度、訪問人数は1日数人。
これで副業、ブロガーやってますなどと会社に申請しようものなら笑いものになるのは確実、いや、しかし、なんだ、逆によく1日数人も見にきてくれるものだと感心している。
ほとんどお知り合いの方か、たまたま検索で引っかかって飛んできた方のような気もするのですが、ありがとうございます。
が、しかし、人生いつ何が起こるかわからないので、いつ、このブログがバズるとも知れず、それゆえに私は当初掲げた方針を変えず、特定できない範囲であったとしても、あんなこともこんなことも書かないのである。
で、まあ、そんな感じで、まあ誰がどう、何がどうとは書かないんだけど。
昔から、女性という生き物に関して立てている、仮説がある。
その昔。私が高校生くらいのことであるが、当時、「美魔女」という褒めてるんだか貶してるんだかまるでわからないアホみたいな言葉が流行り(まあ、今でもその言葉自体は生き残っているけど)、テレビでは20代に見える40代やら、50代の女性を特集する企画をしょっちゅうやっていた。
それを母と見ていた時、私と母の意見として「たしかに見た目も服装も肌の綺麗さも20代といえば20代に見えるのに、なにかしらとてつもない違和感を感じるのはなぜなのか」と考察した結果、
「これまで脳内で◯害してきた人数が20代のそれとは桁が違うのではないか」という結論で一致した。
と、いうとわけがわからぬかもしれんが、もちろん美魔女たちが実際に◯人を犯したと言っているわけではない。
脳内で、である。
太古の昔より、女性というのはその体格や力の不利さにより、非常に虐げられて生きてこなければならなかったわけで、
旦那、姑、場合によっては自分の子供を始め、社会、政治、あらゆることに対して怨恨と殺意を抱く機会が多々あったのである。
とはいえ、これを本当に◯害してしまうと自分の身が破滅するので、ではどうするかというと、脳内で◯害し、何事もなかったかのように人生を送るのである。
もちろん力や権力により虐げられ、恨みを抱くのは男性も同じなのだが、なんつーか、違うじゃん、怨恨の深さっていうか、執念深さっていうか、男と女では。
時は流れ、美魔女などという知性のかけらもない言葉が氾濫する世界となったころ、女性の地位は向上し、昔に比べれば、随分と女性にとって住み良い世の中とはなったものの、やはり、まあそういう機会は相変わらず多々ある上に、昔からの習慣とはそう簡単には消えないわけで、これを脳内で◯害せずしてなんとしよう。
というわけで、もう、生きている年数が長ければ長いほど、◯害してきた人間の亡霊が付き纏うようになり、いくら若い格好をしようと、化粧をしようと、カラコンをしようと瞳の奥の闇は隠せないのである。
それが美魔女に感じる違和感の正体。多分。
今まで「脳内で◯害」と書いてきたけど、結局それは呪詛と呼ばれることであり、まあ、やってはいけないことだし、いずれ自分に返ってくるのだが。
自分も相手も現実には生きてんだから本当に◯すよりマシじゃないか。
それに、駄目だというなら理不尽なことする奴全部牢屋に入れるか、この世の女性全員頭を丸めて尼にでもなるしかないわけで、
そうなったらそうなったで多分社会は成り立たなくなるし、
仮にそうなったとしても「男子は尼僧のここを見てる!女性らしい尼僧の振る舞い」とか「大人かわいい尼僧ファッション」などという馬鹿馬鹿しい広告が乱立し、
もはやなんとなく女性が全員尼僧っぽくなったね、というだけで結局脳内◯害は止まないので意味ないのである。
女は皆、それぞれに脳内で◯害した亡霊を引き連れて歩いています。
みんな違ったクソ女郎。みんな違って桁違い。
仲良くしろよ尼僧ども。
というか、具体的に書かなくても、今とんでもなく危険な思想を書き込んでるような気になってきて、これは危ない気がしてきている。
が。
あくまでも「脳内」の話というか、比喩ですから!
女性と対峙する時は、相手の目を見て、その人数を見る、
自分と桁が違えば、
逃げろ。